橘鏡会入会のご挨拶(会誌より抜粋)

 昨年12月に図らずも、栄えある日本医科大学耳鼻咽喉科学教室の一員となり、北総での半年を経て、千駄木に異動しております。大変光栄なことと感じ、 大久保公裕大学院教授をはじめとする教室、同門の皆様のご厚意を心より感謝申し上げます。
 京都市で生まれ、 岐阜市で育ちました。祖父、父親共に岐阜駅近くおよび羽島市内で二つの耳鼻咽喉科医院を開業しておりましたが、その診療を間近にみておりました。
 藤田保健衛生大学を卒業直後より、神経化学を専攻することを思い立ち、基礎の教室に在籍した後、母校の耳鼻咽喉科学教室に入局しました。日耳鼻の宿題報告を目前に控えた岩田重信教授の急逝をきっかけに、流浪の民のごとく、米国留学後、獨協医大(越谷)、順天堂を経て、 今回4つ目の大学である日本医大に奉職することとなりました。
 数年前偶然、保健衛生大学の脳外科の教授であった神野哲夫先生がお書きになった「若き医師へのメッセージ」の一文を読む機会あり、以下に一節を引用させていただきます(神野先生は、最初母校で神経化学の基礎研究をおこない、その後保健衛生に移って臨床家となっておられます)。
 「自分の特性は何であろうか。脳外科医のなかでもいろんなタイプがいる。管理職に向いている人、手術ばかりしていた方が良い人、外来でおじいちゃん、おばあちゃんと楽しく会話しながら過ごす人、学問一辺倒の人、研究一筋の人、政治家になる人などなどである。大体、天は二物を与えない、自分に与えられた天分の才を1.0とすれば、他の才は0.1か0.2が普通である。しかし多くの人は自分の才に気がついていない。特に若い人は知らない。良き師に出会っていると、的確にそれを指摘してくれる。師とのめぐり合いは大切である。」
 その私自身、自分の特性をいまだつかみきっていないかもしれません。それが原因で、不勉強者でありながら魑魅魍魎が跋扈するといわれる大学に現在も勤めているのではと、最近自問自答しております。
 神経化学の夢をみていた頃は、From molecule to brainをモットーに、従来の電気生理学アプローチでは得られない分子の動きから、脳の様々な高次機能のしくみを解明することを目指して、先輩神経化学者のもとひたすら実験をおこなっていました。現在は、From clinic to bench  –and backの精神にのっとり、 日々の診療で患者さんから教えていただける生きた知見から得られたテーマを、実験室に持ち込んで科学的な裏付けをおこない、その結果を再び臨床の現場に還元するような仕事に携わり、皆様とともに未来の耳鼻咽喉科学の夢を実現していきたいと考えております。
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